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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

旅館における固形燃料で温める料理の不思議

気ままな一人旅をすることが多い私は日本旅館ではなく,ビジスホテルorシティホテルに泊まることが多い。日本旅館で一人での宿泊を受け入れるところは少ないからである。それでも年2−3回は日本旅館に泊まることがある。日本旅館しかない旅行先があるからである。その場合、できるならば食事は旅館でとることにしている。また、旅館の近くに食事をとれる店がないところもある。

旅館の食事には何品で構成されるのであるが、その中に固形燃料で温めてから食べるものが含まれることが多い。これには、水炊きのような鍋もの、そして焼き物がある。温かいものを食べさせたいという旅館の配慮なのかとも思うが、温めるのには時間がかかるので、私はあまり好きではない。また、どう考えても、固形燃料で温めるやり方が適切でないものもある。この方式の料理を出すことがある種のステイタスと認識しているのではないかとも感じている。

さて、この種の料理で一番驚いたのは魚を焼くものである。焼くべき魚は大きく、とても固形燃料で焼いたくらいでは食べられるようになるとは思えなかった。しかし、明らかに人種としては日本人でない彫の深い(おそらく南米系)仲居さんは、「問題ない」と繰り返すのである。魚の他にも十分におかずがあったので私は適当に理由をつけて朝食の会場から退散した。この他に、こんなのは意味が必要でないのではと思ったものには、固形燃料でビーフシチューを温めるというのがあった。

さて、今回の文章を書くキッカケになったのは、映画「デトロイト・メタル・シティ」を観た後に入った鮨屋さんで、固形燃料で温める設定の味噌汁に遭遇したからである。当然のことながら温めるための鍋から直接に味噌汁を飲むことができないので、用意された器に移して飲むことになるが、その器は小さくて味噌汁の全部が入らない。したがって、何回か移し換えながら飲まないといけないのである。私は、みそ汁を飲むときには、下唇にお椀が接するような形で、少しずつ量が減っていることを確認しながら飲まないと楽しめない。したがって、この時の食事は楽しめるものではなかった。

最後に付け加えておくと私は猫舌である、立ち食いそばを急いで食べるときには、水を入れて温度を下げて食べるほどである。したがって、みそ汁が熱くても感激はしないのである。しかしながら、よく考えてみると、みそ汁が熱くなくてはいけないというのは西洋文化の影響のような気もしてくる。話は少しずれるが、紅茶を作るには熱いお湯(fresh boiled water)を使うのに対して、お茶を入れるときには少し覚ましたお湯を使う。これと同じように、シチューは熱くなくてはいけないもしれないが、みそ汁は少しぬるめの方が良いのではないだろうか?

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