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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

台風明けの日、映画「グーグーだって猫である」を観た。 (9/20)

http://d.hatena.ne.jp/natuka_shinobu/20080919/1221823766:Title」の最後にも書いたが、関東地方に近づきつつある台風には、娯楽の面では万全の準備をして臨んだ。しかし、雨は夜中にはかなり強く降ったものの、朝の10時頃に外に出ると、台風一過の青い空が広がっていた。どうやら台風は速度を速めて通り過ぎたようである。私の地域には特段の被害を及ぼさなったので、台風に対して文句を言う筋合いはない。しかし困ったことは、台風が来るので、土日に外出する予定を立てていなかったことである。何もすることが思い浮かばずに、しばし呆然とした。どこかに旅行しようとも考えたが、秋田旅行でかなり出費してしまったこともあり、結局のところ、映画「グーグーだって猫である」を観ることにした。

(以下、ねたばれあり)

映画の主な登場人物は、主人公の天才漫画家・小島麻子(小泉今日子)、アシスタントのナオミ(上野樹里)とその他のアシスタント(森三中)、麻子が惹かれる青年・青自(加瀬亮)、そして、猫のサバとグーグーである。忙しい執筆生活をしている麻子はサバの面倒をあまり見ることができずにいた。数日の徹夜の末、原稿を書き上げた後にサバを見ると、彼女が死んでしまっていることに麻子は気がつく。麻子はしばらく落ち込むが、やがて新しい猫グーグーに出会う。麻子は、サバの面倒を十分に見れなかったという後悔があるので、グーグーへはできるだけのことをしたいと考え接していく。映画では、グーグーと麻子の生活が井の頭公園の周辺の風景の中で描かれていく。やがて、麻子は青自に出会い、アシスタントのナオミの応援もあって、グーグーを介してお互いの距離が近づいてくる。そんなある日、麻子は体調を崩し診察を受けようとすると、驚いたことに、その医者は青自であった。診断の結果、卵巣がんであることがあり麻子は手術をすることになる。手術は成功するが、手術後の入院において麻子は鬱状態になっていく。そして、幻想であるか定かではないが、麻子はサバと出会う。映画ではサバは人間化している状態(大後寿々花)で現れ、二人?はお互いの思い出を語り合う。

映画の本筋だけを抜き出して書けば上記のようになり、ホワーンとした雰囲気のいい作品のように思えるし、実際にそのように編集すれは良い映画になったと思う。主人公の麻子(小泉今日子)が醸し出す雰囲気も悪くないし、麻子とサバ(大後寿々花)が語り合う場面も幻想的でよかった。

しかし、実際の映画には本筋でない要素が(特に前半)多く詰め込まれており、わかりづらい。笑いの要素として加えたと思われるものも、かえって退屈にものになってしまっている。まず、楳図かずおさんが本人役で出てきたのは御愛嬌としても、森三中を3人セットで出したことは、森三中が出ているという印象をしか与えなかったので、(森三中についての評価は別にして)映画としては失敗だったと思う。また登場人物の設定としては、映画のはじめの方で描かれている青自(加瀬亮)の印象は好感が持てるものではなかった。その結果、青自を麻子とくっつけようとするナオミ(上野樹里)の意図が意味不明に思えてしまう。ナオミの設定は映画全体を通して意味不明な要素があるので、映画では、一貫して、意味不明のところがある人物として描いているのだろうと思う。確かに、こういう娘も現実には存在すると思う。しかし、ナオミの設定はあまり癖のない方が良かったと思う。

実は、私自身、映画の途中で疲れてしまい、気が付いたらば少し場面が飛んでいた。しばし睡眠をとっていたのであると思われる。しかし、睡眠をとった後の映画は、良いものに思えた。したがって、映画を観終わった後の印象は非常に良いものになっている。

この映画は、猫を観るため、井の頭公園の風景を見るため、そして、加瀬亮さん、上野樹里さんのPVとして観るのは良い映画であると思う。しかし、映画として観るときにどのような評価になるかは人によってかなり異なる映画だと思う。なお、私には、原作者である大島弓子さんのファンの方の反応は予想がつかない。原作へのリスペクトを感じられると喜ぶのか、それとも、こんな風に改変されたと憤慨するのだろうか??