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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

瀬見温泉に泊まる   10/4、5   陸羽東線の旅(2/2)

瀬見温泉の駅に降りると小雨が降っていました。鳴子温泉の駅に降りた時にも小雨が降っていたのですが、やがて止んで日も差してきました。しかし、今度は止む気配がありません。山形に入ってから比較的に平坦な景色が続いていたのですが、瀬見温泉に入る前に大きな山を越えました。その辺で天気が変わる傾向があるのかと思います。後で調べたことによると地理的にもそれらしい気がしました。
陸羽東線の山形側の3つの自治体の中で県境にあるのは最上町です。最上町は1954年に東小国村と、西小国村が合併してできました。最上町の中心地は旧・東小国村の方であり、比較的に平野であり*1、かつて小国城がありました。これに対して瀬見温泉のある旧・西小国村は山がちであり、小国川周辺のみが開けているようです。鳴子温泉から西側に向かう陸羽東線は、県境の山を通り抜けると比較的に平地であるの旧・東小国村を通り、山がちである旧・西小国村の瀬見温泉駅に至ります。瀬見温泉駅と新庄駅新庄市)との間には山があるために西には向かわずに、小国川沿いに南西に進んで一旦、船形町の船形駅に至ります。その後、北上して新庄駅に至ります。

瀬見温泉の駅にタクシーはいませんでした。仕方なく旅館に向かって歩き始めることにしました。駅にあった地図をみると、小国川沿いの道をたどっておけば、瀬見温泉に着きそうだと思ったからです。川の流れは静かであり、天気がよければ、ゆっくりと歩きたいと思いました。しかし、だんだん雨足が強まってきたので、足早に宿に向かうことにしました。やがて、橋(義経橋)の向こうに大きな近代的な建物が見えてきました。それは観松館という瀬見温泉を代表するホテルでした。残念ながら?今回、私が泊まる宿ではありません。そして、橋を渡り少し歩くと道の左側に旅館としては妙な木造?の建造物が、雨に霞みながらも見えてきました。それが今回の宿・喜至楼(きしろう)でした。実は、この旅館に泊まるのが今回の旅の大きな目的でなのでした。部屋に入ってしばらくすると、雷も鳴り本降りになってきました。橋を渡ってすぐにある大きな木や、観松館の横の祠?で少し雨宿りをしたのですが、結局、意を決して雨の中を歩いたのが正解でした。

瀬見温泉源頼朝の追っ手を逃れ平泉を目指していた義経の一行が見つけた温泉という伝説があるので、かなり古い温泉のようです。この温泉を代表するのが、喜至楼と観松館であり、共に江戸時代に創業した戸沢藩ゆかりの老舗旅館のようです(http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/yado/20050913tb04.htm:Title=読売新聞の記事)。観松館が近代的な建物に変わったのに対して、喜至楼は昔の建物です。読売新聞の記事によると、喜至楼には、“本館湯治部と別館旅館部とがあり、本館は一部明治の建築を残した木造4階建て、別館は大正末から昭和20年代にかけて建てられたもの”とのことです。また、喜至楼の記述によると“山形県内に現存する最古 の旅館建築物”だそうです。当時としては洋風で遊び心にあふれた建物だったと思われます。
由緒のある建物なのであるので設備は新しくはないです。常連さんの話によると、部屋の入口は前は障子だったのだけれと、防犯のために洋風の扉になりガキがかかるようになったようです。しかし、その扉もスムースにいきません。しかし、私はこの文化財的な旅館に泊まるのが良かったわけであるので、そんなことは気になりません。テレビはレンタルなために2時間で100円なのですが、NHKの衛星放送も映るので問題はありません。雨のために外出できなかったのでしばらくJリーグの中継を見て時間を過ごしました。旅館に早いうちについたが雨で外にいけないというパターンは私の今までの旅行であまりなかったので何故かうれしいかったです。

*1:盆地という記述がよいのかもしれません