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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

額田のダシまつり 10/12   ほぼ但馬地方への旅(3)

今回、「ほぼ但馬地方への旅」と題しているのは、主な訪問地は但馬地方なのですが、但馬地方ではない福知山市に泊まり、“額田(福知山市)のダシまつり”に行ったからです。さて、福知山京都府*1兵庫県との県境にあります。実は、福知山市は47都道府県になる際に京都府ではなく兵庫県になる可能性もありました。この可能性について述べるために、少し、豊岡県について説明します。

現在、都道府県は47個なのですが、明治4年(1871年)の廃藩置県の際には3府302県ありました。これが統廃合を繰り返し、47都道府県になる過程において豊岡県がありました。豊岡県の領域は但馬、丹後の全域、丹波の6郡の中の氷上郡、多紀郡天田郡でした。この中の天田郡が現在の福知山市に相当します。豊岡県は、1876年(明治9年)に兵庫県京都府に編入されて消滅します。この時、兵庫県に編入したのが但馬の全域と、丹波の氷上郡、多紀郡、そして、京都府に編入したのが丹後の全域と、天田郡でした。しかし、天田郡が氷上郡、多紀郡ともに京都府に編入することになる可能性もあったのではないかと私は思います。
現在の福知山市天田郡の全域に渡っていますが、これは2006年に大江町三和町夜久野町を合併した結果です。旧・福知山を含めた4つの旧自治体の中で、京都に接して一番京都寄りにあるのが旧・夜久野町です。そして、額田があるのも旧・夜久野町です。額田は旧・夜久野町の中心であり、下夜久野駅の周辺にあります。なお、合併して間もないためか、旧・福知山市の方は“額田のダシまつり”のことについてそれほどはご存じのないような印象を受けました。

額田のダシまつりは、今年は10月11,12日に開催されました。この祭りの特徴は、2階部分が回る山車(上ダシ)が巡行することと、農作物などを使って物語の場面を創作した下ダシ(つくりもの)が展示されることです。1日目の夜は幻想的な雰囲気であるそうなのですが、11日の夜の時点では、十分な情報がわからず、また電車の便が少ないので、残念でしたが行くのをやめました。そして、山車は次の日にも運行することがわかったので、2日目(10/11)の朝に行くことにしました。なお、12日の朝に放映されたテレビ番組の中でこの祭りについて取り上げられていたので、どんな雰囲気なのかは分かりました。

10/11午後には、出石の“だんじり祭り”を観る予定があり、下夜久野の駅を10時過ぎには出発をしなくてはなりません。このため、下夜久野の駅に9時少し前に着く日程にしました。この時点で既に山車は既に出ていたのですが、まだ早いので観光客はほとんどいませんでした。
額田の通りに面する家の軒下には御神燈がつるされていました。また、通りに面した部屋は開け放たれ、外から見えるように祭壇のようなものが飾られていました。額田のような静かな街を、外部の人が普段の日に見て回ると不審者と間違えられる可能性があります。しかし、お祭りのような機会にはそれもOKとなるので、今回は額田の街をゆっくりと見て歩くことができまた。額田は今回の祭りの中心になる一宮神社を中心にした街であり、昔ながらの街並みが残っているいい街でした。
最初は見物客も少なかったのですが、10時頃になると、駅の前の通りに2つの山車が集まってきて、人もかなり集まってきました。これからというところなのですが、出石に行くために電車に乗らなくてはならなくなり、残念でした。

【関連情報】

*1:明智光秀の居城である福知山城があることで知られています。