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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

小説「魔王」(伊坂幸太郎)を読みました

「魔王」は、超能力を題材にした小説です。
文庫本「魔王」は2つの話からなります。一つは、文庫本のタイトルと同じ「魔王」であり、会社員の安藤が主人公です。「魔王」には安藤の同居人としての弟の潤也と、半ば同居している潤也の恋人・詩織が登場します。「呼吸」は、「魔王」からの5年後の設定であり、この二人が主な登場人物となります。この点では安藤は死んでおり、詩織が物語を語ります。5年の間に、二人は結婚しており、仙台に移り住んでいます。この他に2つの物語に共通な登場人物としては、安藤の学生時代の友人である島と、政治家の犬飼がいます。犬飼は、「魔王」の時点では、小さな野党である未来党の党首ですが、「呼吸」時点では首相になっています。「魔王」では会社員であった島は、「呼吸」では犬飼の政治活動をボランティアとして手伝っています。

安藤はある特殊能力を持っています。他の人に自分が思い浮かんだ言葉を言わせることができるのです。安藤はこの能力を「腹話術」と呼んでいます。安藤は、「腹話術」には、相手の近くにいなくてはならないとか、あまり、長く話させることはできないという制約があることに、実験を繰り返すことにより気がついていきます。また、「腹話術」を使った後は、体調が崩れます。
潤也も種類は違うものではありますが特殊の力を持っています。潤也の能力は安藤の死後に芽生えるのですが、潤也自体はそれほど気にとめていませんでした。この能力については、「呼吸」の時点において詩織とのやりとりにより気がつくようになります。始めは、詩織が潤也に“じゃんけん”で勝ったことがないという描写がされます。その後、二人はその能力を把握しようとしていくのですが、その過程で起きることが「呼吸」では描かれます。その結果、潤也の能力は、未来に起きる可能性が10個以下である時に、その内のどれが実現するかを予測する能力だということがわかります。

ネットでこの2つの物語を見ると賛美両論があるようです。「呼吸」においては、犬飼が提案する憲法改正国民投票が行われる少し前で物語が終わります。国民投票の結果がわかるところまで描かれていないので、スッキリしないし、著者が「呼吸」を通して伝えたいことがわからないというのが大きな要因かと思います。また、力を把握して、その使い方も理解した潤也が、これからどうしていくのかがわからないというのも要因かと思います。
ただ、私は「呼吸」の終わり方はこれで良かったのかと思います。「魔王」の結末は、ある意味ではっきりしたものであったので、「呼吸」における国民投票の結果や、潤也の今後については、読者の想像に任せた方が良かったと思うからです。

私は、この小説は良質のものであると思います。登場人物の描き方、特に詩織の描き方が良かったです。「呼吸」における語り手を詩織することにより、潤也の内面をそれほどは見えなくようにすることを可能にしています。その結果、今後の彼の行動をわからないことが不自然ではなくなっています。また、兄弟の持つそれぞれの超能力の設定にも面白さを感じました。他人に自分の思った言葉を言わせる能力、そして、じゃんけんに絶対に勝つ能力(笑)、超能力を扱った今までの小説にはあまりなかった部類のものだと思います。

さて、現在、NHKでドラマ「七瀬ふたたび」が放送されています。「七瀬ふたたび」は筒井康隆さんの原作の小説であり、超能力を題材にしています。私は「七瀬ふたたび」がドラマ化されたものを観てかなり気に入り、興味を持ち原作の小説も読みました。
それが、再びドラマされるということで1,2話をのぞいてみました。しかし、これはこのドラマを観る前にも推測していたのですが、このドラマの題材を現時点において扱う面白さが分からずに、結局観るのをやめることにしました。超能力の描き方やドラマの構図が、今の時代としては古いものであると感じたのです。もちろん、ドラマの結末が原作と違うことはありますので、最後まで観たのならば楽しめるものになるのかもしれません。それにくらべて、「魔王」における超能力の設定は、今の時代で読んで楽しめるものであったと思います。