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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

ジェフ千葉のJ1残留を個人的に奇跡と認定したいと思います。

私は、奇跡とか悲劇とかいう言葉を使うのは嫌いです。例えば、「ドーハの悲劇」、「マイアミの奇跡」などという言葉には、いかがなものかと思わなくはないです。今更、私が説明しなくてもほとんどの方がご存知かと思いますが、「ドーハの悲劇」とは、サッカーの「1994年アメリカワールドカップアジア地区最終予選」において、ドーハで行われた日本対イラクの試合に関するものです。この試合で、ロスタイムにイラクがゴールを決めたことにより引き分けとなり、その結果、日本代表は念願のワールドカップ出場を逃したことが「ドーハの悲劇」と呼ばれています。確かに残念なことであるとは思いますが、私は、勝ちきれなかったことがこの時点における実力であったと思います。したがって、悲劇と称することに違和感を感じます。

さて、そんな私ですが、サッカーJ1の最終節(第34節)の試合結果、ジェフ千葉がJ1残留を果たしたことは、奇跡と呼んでもいいかもしれないと思っています。

千葉が奇跡の逆転残留!後半に4ゴール! (1/2ページ)
2008.12.6 16:29
 J1第34節(6日・フクダ電子アリーナほか=9試合)17位千葉は5位FC東京と対戦。4−2で逆転勝ちし、15位磐田、16位東京Vがともに敗れたため、大逆転での残留となった。
 残留には勝利が絶対条件の千葉は前半39分、FC東京のカボレに決められ失点。後半8分にも失点した。しかしここから猛反撃を見せ、後半29分に新居が決めると、さらに怒涛の3得点。終わってみれば4−2の逆転勝ちを収めた。

http://www.sanspo.com/soccer/news/081206/sca0812061629026-n1.htm

ジェフ千葉はJ1の1チームにすぎず、サポーターが特別にいるチームではありません。ジェフ千葉が残留を決めたことは、ジェフ千葉に肩入れしている人にとっては奇跡であるとみなされることになると思います。しかし、通常であれば、残留争いに関係がなかった他のチームのサポーターにとっては、どのチームが残留しても大した違いはないので、新聞が「奇跡」と称することに違和感を感じる人が多いのではないかと思います。今回の残留結果についてのサッカーファンの反応をみるために、色々なブログをのぞいてみると、他のチームのサポーター(東京Vと磐田を除く)の方で、ジェフ千葉が残留したことを好意的にとらえている人が少なくないことがわかり、少し驚きました。このような反応が起きた一因として、今期、ジェフ千葉がJ2に降格したらば寝覚めが悪いと感じ、来期以降のジェフ千葉のことはどうでも構わないけど、今期だけは残留して欲しいと心のどこかに思っていた人が少なくなかったのかと思います。

【追記】
この記事を書いてから、色んな人のブログを、幅広く読みましたが、「残留争いに加わることなるように陥ったそもそもの原因がなんたらという面倒くさいこと」を言っているのは私くらいでした。今回のジェフ千葉の残留に好意的なコメントを加えているのは、ほとんどの場合、今回の試合が賞賛に値すると判断した結果のようです。


寝覚めが悪いと感じる人がいると私が推測するのは、ジェフ千葉が今季の始めに低迷していた原因をさかのぼると、以前、ジェフ千葉の監督を務めていたオシム氏が日本代表監督に就任したことに至るからです。もし、オシム氏が今も日本代表監督で活躍しているのでしたらばそれほどは寝覚めが悪いことにならないのかもしれません。しかし、オシム氏は2007年11月には脳梗塞で倒れ、その結果、日本代表監督を退任することになります*1

資金に恵まれないジェフ千葉が、J1の上位のチームであったのは、監督がオシム氏であったからであるとも言えます。入団当時はそれほど評価が高くない選手を育て、試合を巧みに采配することをオシム氏はしてきました。そのオシム氏が 2006年7月に日本代表監督となってからは、ジェフ千葉は順位を落としてきました。日本代表監督がジェフ千葉の選手を代表に選ぶことにより、ジェフ千葉の選手は他チームから注目され、その結果、資金力のあるチームに移籍します。2007年には当時の主将であった阿部勇樹浦和レッズに移籍します。2008年にはジェフ千葉のフロントの問題も一因となり、将来チームの中心となると思われた若手の選手も含めて多数の選手(水野晃樹羽生直剛山岸智佐藤勇人水本裕貴)が移籍します。その結果、2008年の開始時点では、多くの人がJ2への降格の可能性が高いと判断する事態になります。

2008年シーズンの当初では、ジェフ千葉は予想以上の低迷をします。今季就任したクゼ監督が指揮した第11節までは、2分9敗という惨状でした。しかし、澤入監督代行を経て、14節にミラー監督が就任すると快進撃が始まります。第12節からの28節の浦和戦までの間の17節の成績は9勝4分4敗の超・好成績(勝ち点31*2)でした。このままであれば、ジェフ千葉は間違えなく残留となるのでと思った人も少なくないと思います。しかし、この後、千葉は急激に調子を落とします。新潟戦(第29節)に引き分け、大宮戦(第30節)に敗れ、第29節以降5節の成績は、2分3敗となります。この結果、最終節を迎える時点では、ジェフ千葉は勝ち点35で17位(ビリ2)であり、15,16位であり勝ち点37である磐田と東京Vには得失点差でかなり劣っていました。したがって、ジェフ千葉が残留するためには自分自身が最終戦に勝ち、他の2チームが負けるという幸運に恵まれるしかありませんでした*3
さて、引用記事にも書いてありますが、最終戦に、ジェフ千葉がホームのフクアリFC東京を迎えて行われた試合では、後半8分に決められたゴールにより、0-2とリードされました。この時点において多くの人は、ジェフ千葉の降格は間違いないと思ったと思います。しかし、後半29分から4ゴールを決めた結果、ジェフ千葉はこの試合に4−2で勝利を収めました。この後、磐田と東京Vが負けてという知らせが入り、フクアリは歓喜に沸くことになります*4。ちなみに、降格戦にまわった磐田の最終戦の対戦相手は大宮であり、第30節でジェフ千葉が負けた相手です*5。そして、降格が決定した東京Vの勝ち点が37に終わった原因の一つは、超絶に不調であった札幌に第32節に負けたことだと思います。札幌は、第23節にG大阪に引き分けた以降、1試合を除いて負けています。その試合が東京V戦であり、引き分けでした。

勝負ごとであるので仕方がないとはいえ、残留が決定した東京Vと、入れ替え戦に臨むことになった磐田のサポーター方にはかけてあげられる言葉は見つかりません。この2つのチームには大きなプレッシャーがかかった故の敗戦だと思います。ジェフ千葉に幸運だったのは、プレッシャーが第29節以降33節の間に既にかかっていたことかと思います。確率的にはほとんど残留の可能性がなかった最終戦の時点には、プレッシャーを感じることは既に通り過ぎていたのではないかと思います。ジェフ千葉が、(おそらく)無欲で試合に臨めたことが勝因の一つかと思います。

*1:オシム氏が倒れた際の119番への通報が、フランス・グルノーブルでGMを務める祖母井秀隆さん経由でされざるをえなかったために、遅れたことなどには今だ怒りを覚える人は多いと思います。回復されたことが不幸中の幸いでした

*2:優勝チームである鹿島の今季の勝ち点は63(全34節)

*3:ビリ1、ビリ2が自動降格、ビリ3がJ2のチームとの入れ替え戦

*4:私は、フクアリにいませんが本当はどうだったかは分かりませんが、おそらくそうだったに違いありません

*5:実は、埼玉県に泊まった際に、テレビ埼玉で、大宮vs神戸の試合を観ました。この時期の状態からよく盛り返して最終的に12位になったと感心しています