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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「廃市」(福永武彦)を読みました。

「廃市」(福永武彦)については、大林宣彦監督による映画(1984)を、以前、テレビで見たことがありました。そして、小林聡美さんをヒロインとして柳川で撮影されたこの映画の幻想的でノスタルジックな雰囲気は、私に強い印象を残していました。1960年に新潮社より出版されたこの小説は絶版になっていたようであり、書店では見かけなかったので読むことはありませんでした。今回、図書館で探してまで読んだのは、「夜市」(恒川光太郎)と「きのうの世界」(恩田陸)を読んだことがキッカケでした。「夜市」というタイトルは「廃市」という映画があったことを思い出させ、水路がめぐらされた町を舞台として描かれた「きのうの世界」は、映画「廃市」の原作に興味をいだかせたのです。

小説の舞台になった町は水路が掘りめぐらされている町であり、(小説における)今でも、舟による交通がかなりの割合で使われている町です。この町に主人公は卒業論文を書きあげるためにある夏の間に滞在します。主人公が滞在したのはその町でも由緒がある大きな旧家です。しかしながら、その家に住んでいるのは年老いた女主人と孫娘の安子だけでした。表向きはこの家には安子の姉夫婦(郁代、直之)が住んでいることになっているのですが、実は事情があってこの家には住んでいないことが、主人公には、やがてわかってきます。
主人公は、自分の世話をしてくれる安子の明るさに惹かれて行きます。そして、安子と共に町をめぐっていくことにより、この町のあり方を徐々に理解していきます。安子には単に明るいだけではなく、憂えもあります。安子を含めてこの町の人たちは、この町が段々と衰退していることを認識しています。そして、その町を離れられないという事実が安子に憂えを与えていのではないかと、主人公は最初は推測するのですが、理由はそれだけでないことがやがてわかっていきます。
未来に対する閉塞感を感じ、以前栄えたことがあることによる金銭的な余裕があるこの町の人たちは、芸事にふけっています。芸事で培ったものを披露する最大の機会が水天宮の祭りです。この祭りの際に行われる芝居を主人公は観るのですが、その芝居において直之が主な役を務めていることに気が付きます。その芝居に出演していた美しい女性に惹かれるものを主人公を感じます。そして、美しい女性(秀)と直之が一緒に暮らしていることを後に知ります。やがて、主人公はある場所に身を寄せている郁代にも会うことにより、この家がかかえる複雑な事情を知ることになります。
小説の最後では、その複雑な事情が生み出すことになる悲劇が起きます。

たった50ページくらいで書かれている作品なのですが、書かれている内容は濃く、小説に描かれている幻想的な町とそこに暮らす憂えをおびた人たちの印象は強く残りました。現在、手に入れることができるのならば、しばらくの間、何度も繰り返して読むことになることになると思います。このような作品が廃刊になり、必ずしも良質の作品でないものが広く出回っている現状は少なくても理想的なものではないと思います。

この小説の舞台になったような水路がめぐらされたような街は現在は数少なく、今すぐに思い浮かぶのは柳川と潮来くらいです。しかし、日本には水路がめぐされて、それが交通として使われていた街がかつては沢山あったようです。例えば、東京オリンピック以前の江東区はそうであったように聞いています。また、海外ではタイのバンコクがそうであったと聞いています。そのような街の多くにおいて、車社会の到来により水路は埋め立てられて、ごく普通の街になって行ったことは残念だと思います。

映画のことに若干ふれますと、映画「廃市」において安子を演じた小林聡美さんの印象は強く、また適役であったと思っています。そして、あたかも彼女が主演した作品という印象が残っています。必ずしも特別に綺麗ではないのですが、滞在する大学生が思いを寄せてしまう旧家の女性を上手く演じていたと思います。通常、彼女が演じる役は快活でさばさばしている役が多いのですが、このような役を演じることができる引出しがあるということがわかります。なお、小林聡美さんとしては、映画「廃市」は、映画「転校生」(大林宣彦監督、1982年)に続いて出演した第二作目となっています。