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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

奄美大島ができるだけ早く、大雨の被害から復興することを願う

奄美大島鹿児島県)を2010.10.20に襲った記録的な豪雨により、死者3人を含む人的被害と、建物や道路に大きな被害が起きました。電話が不通なところもまだあるようです。私は、名瀬の町(当時は名瀬市)に3泊ほどして、奄美大島を観光したことがあるので、この件を注目して見守っています。亡くなった方のご冥福を祈るとともに、復興が迅速に行われることを祈念します。
奄美大島は、鹿児島市鹿児島県)と那覇市沖縄県)のちょうど真ん中くらいのところに位置する島です。奄美大島の大きさは、本州、北海道、九州、四国と北方領土を除くと、沖縄本島佐渡島に次ぐ、3番目です。島というとサンゴ礁でできている平坦な島を思い浮かべるし人が多いと思いますが、実は、日本では山がちな島の方が多く、奄美大島もその例外ではありません。さつまいもを、時計の2時から8時に向かって置いたとイメージするとわかりやすいかと思います。
北西側の海に面する自治体であった名瀬市は、2006年3月に、南東側の海に面して名瀬市と接していた住用村と、龍郷町を挟んで島の北端にあった笠利町と合併して、奄美市になりました。大きな被害があったとマスコミで報じられていたのは旧住用村ですが、交通手段、通信手段が回復して、被害の全貌が判明すると、認識が違ってくる可能性があります。死亡者として最初に判明したのは、奄美市住用町の二人ですが、龍郷町でも一人の死亡者が発見されました。

奄美大島における主要道路である国道58号は大きな被害を受けました。この道路は、島の北端の奄美市笠利町から、龍郷町を経て奄美市の中心部に至り、さらに奄美市住用町を経て、南端の瀬戸内町に至ります。マスコミで初めに報道されたのは、旧名瀬市と旧住用村の境界の近くにある城トンネルと、旧笠利町と龍郷町の境界の近くにある屋入トンネルが通行できなくなっていることでした。現時点(2010.10.23 18:10)においては、屋入トンネルは不通のままですが、城トンネルは制限付きで通行できるようになったようです。その結果、奄美市の中心地から旧住用村の中心地まで車で行けるようになったようです。

奄美大島の自治体の大雨に対しての準備が不十分であったとみなす人もいるようですが、私はそうは思いせん。奄美大島には台風の勢力が強い時点でやってきますので、雨に対する対処は十分にされていたと思います。今回は、想定を大きく上回る記録的な大雨が奄美大島を襲ったことが、大きな被害が出た原因だと思います。日本中のどんな自治体も、今回のような大雨に襲われたならば対処のしようがないと思います。むしろ、困難に対して、協力して立ち向かおうとしている島の人々の姿を、今後の教訓として心に刻みつけておく必要があると思います。

奄美大島の問題点をあえて探すのであれば、思い当たるのは、何故、島の北端に空港を建設したのか...ということくらいです。これに対する疑問は私が奄美大島に行った時も感じました。奄美空港は、島の北端にある旧笠利町にあり、名瀬の町まで1時間かかりました。そして、名瀬の街から南端にある瀬戸内町まで行った時には1時間半もかかりました。したがって、瀬戸内町から空港へ行くのは不便です。今回、奄美空港から名瀬の街に行くために通らなくてはならない屋入トンネルが通れなくなっているので、復興に障害が出てきているのではないかと心配しています。


復興が一段落して、奄美大島の受け入れ態勢がととのった際には、多くの人が観光客として奄美大島に訪れることを願います。私としては、機会があれば、瀬戸内町の加計呂麻島に行ってみたいと思っています。