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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「月刊ドラマ」(映人社)12月号に掲載された「Q10」(キュート)のシナリオ(第1−3話)を読んで、ある意味で疑問点が解消した件

現在放送中のドラマ「Q10」(キュート)の第1話から第3話までのシナリオが、「月刊ドラマ」(映人社)12月号(840円)*1に掲載されました。今まで、存在も知らなかったこの雑誌を今回買って読んだのは、第1話について感じた違和感が、このシナリオを読めば解消するかもしれないと考えたからです。なお、木皿泉さんが書いた脚本が、このシナリオと一致するのか否かは分かりません。

このシナリオを読んで初めに思ったののは、私が認識していない場面が数個あったということです。例えば、柴田京子が、ミス鹿浜橋高校のタスキをかけられて、皆から祝福をうけている場面です。これらを見逃したのではないかと最初は思いました。しかし、録画をチェックをしたところ、ドラマでは削られている場面であることが分かりました。毎話を数回、くりかえしてみていれば、認識していない場面はほとんどいなくなるということだと思います。


さて、第1話について感じた違和感というのは、何故、「戦争を知らない子供たち」(ジローズ1970年、作詞:北山修、作曲:杉田二郎)という歌が取り上げられたかでした。この歌は、藤丘誠(柄本時生)のためにクラスの生徒が起こしたヘリコプター騒ぎの場面において、ずっと流されていました。この時、教室には小川訪(田中裕二)が取り残されており、黒板に書かれていたこの歌の詩を消していました。この場面のシナリオを見ると、以下のように記述されているだけなので、大きな意味を持って「戦争を知らない子供たち」が使われたとは思えませんでした。

机のなくなった空っぽの教室に小川、黒板を消している。
戦争を知らない子供たち」の歌詞が書かれている。
「若すぎるからと許されないなら、髪の毛が長いと許されないなら、今の私に残っているのは、涙をこらえて歌うことだけさ」
校庭の生徒たちの声を聞いている。
(「月間ドラマ」12月号P9−10)

これに対して、第3話で使われた「風」(作詞:北山修 作曲:端田宣彦)は、大きな意味を持って選ばれたと推測されます。「風」は、「戦争を知らない子供たち」と同じように、北山修さんが詩を書いています。「風」は、ミスコンに出場した河合恵美子(高畑充希)が、ステージにおいて山本民子(蓮佛美沙子)の伴奏に合わせて歌った歌です。シナリオには、河合恵美子がどの歌詞の歌うときには、どのような場面が映されるかが指定してあります。例えば、「ちょっぴり寂しくて振り返っても...」が歌われる時には、出番を待っている柴田京子(西平風香)が振り返り、モトカレである平太(佐藤健)がいることに気がつくという場面が指定されています。上手くこの歌が使われていると思います。

で、ヘリコプター騒動のような場面で「戦争を知らない子供たち」が使われてならば、第3話で「風」が使われたように意味を持って使われたと解釈する視聴者は少なからずいると思います。そして、今回は理由が分からないために、このドラマに否定的な評価をした人も少なくはないと思います。とりあえず、ドラマを覗いたものの、まだお客さんになるかどうかを決めかねている人がいる第1話において、「風」を使ったことは、戦略的には失敗だったのだと思います。多くの視聴者にこのドラマを観てもらうことよりも、優先したいことが恐らくあったのでしょうね。

なお、第6話においては、経済的な事情で学校をやめた藤丘誠が、家で小さなホワイトボードに「SOS」と書き、ヘリコプター騒動の際に校庭に書かれた「SOS」という文字を思い浮かべる場面がありました。この時、クラスメートが歌う「さらば恋人」(1971、歌:堺正章、作詞:北山修、 作曲:筒美京平)が聞こえてきます。


ってことで、「戦争を知らない子供たち」が使われた意味はわからなかったのですが、大きな意味がなかったということが分かったので、(ある意味で)疑問点は解消したと言えると思います。

*1:本屋の文芸誌のコーナーにありました。文芸誌というのは、例えば、「オール読み物」(文芸春秋)のようなものです。