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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

近所の家に咲く菊をいただいて墓前に供えたこと

何という番組だったかはわからないのですが、アフリカのある国の女の人が、自分の家にはマンゴーの木があって実が採れることを話していました。マンゴーは日本では安くない作物なので丹精込めて作るのでしょうが、何も世話をしなくても庭でマンゴーが採れる国もあるわけですね。この話を聞いて思い出したのは、徳島におけるスダチのことです。徳島で会った人の話によると、自分の家にスダチの木があるので、その人はスダチを買ったことがないそうです。


さて、実家がある町で知り合いの家を訪ねたらば、花があるからお墓に供えるのに持っていきなさいと言われました。その人に案内された場所には、1.2mくらいの丈の「菊のような植物」が10本くらい咲いていました。「菊のような植物」と書いたのは、私にとって菊は、お墓参りに行く際にお花屋で買うものであり、実際に何気なく咲いているところを観たことがなかったので、本当に菊だという実感がなかったからです。どこからでも花を切っていいと言ってくださったのですが、恐縮してしまい、結局、その人が選んだところから切り取り、墓前に供えることになりました。

私は花を育てるというと、花壇などに観賞用として育てるものというイメージが強いです。したがって、育てているものを切り花にして、家にある花瓶に飾ったり、お墓に持っていくということは思いもよりませんでした。

日本では、生け花という文化があり、仏前、墓前に花を供える習慣がありますので、切り花というものはごく普通のものです。これに対して西洋では、西洋には切り花という習慣があまりないようですね。花壇などで育てられている花は、西洋風に、そのままを鑑賞するものです。西洋的な花の鑑賞の仕方が当たり前になっていた私には、育てた花は切り花にしないという固定観念が、いつの間にか生まれていたようです。

西洋文化の影響を受ける前の日本では、家で花を育てている場合には、それを切り花にして墓前に供えるということがされていたのではないかと推測します。自分の家に生ったマンゴーを食べたり、スダチを料理に使ったりするように、自分の家に咲く花を墓前に供えたということですかね。