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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「誌上中継 指原莉乃HKT48で博多デビュー!」(サンデー毎日、7月20日号)を読んで、現場に足を運んで記事を書くことが重要だと思ったこと。

サンデー毎日」(7月20日号, 7/10発売)に掲載された「誌上中継 指原莉乃HKT48で博多デビュー!」という記事(P28)を読みました。良質の記事だと思います。

記事を書かれたのは、毛利甚八さんというライターさんです。調べてみると、漫画『家栽の人』という漫画の原作者だということが分かりました。

「誌上中継 指原莉乃HKT48で博多デビュー!」というタイトルを知った時には、指原莉乃HKT48デビューをかなり詳細にレポートしているものだと思いました。このことを期待して、ある一件が原因となって、4年前に「毎日」という文字が入った新聞/雑誌を購入することを止めてから初めて「サンデー毎日」を購入しました*1。したがって、この記事の分量が1ページであることが分かった時には、ポカーンとしてしまいました。

しかし、この号の全体に目を通すことにより「サンデー毎日」の読者層を推測するならば、ページの分量にコンパクトにまとめたことは得策だと思い直しました。「サンデー毎日」の読者には、AKB48に詳しい人の割合は高くないと思わたからです。これ以上の分量にしたのならば、却って受け入れられにくいことになったかもしれません。

記事の内容には、少し取り違えがあると思われる個所があることは事実です。しかしながら、読者が若干の誤解をする可能性はあるとしても、筆者が記事全体として読者に知らしめようとしていることは、とても的を得ているように感じました。この号を通して「サンデー毎日」から受けた印象からすると、頻繁に手に取る雑誌になるとは思えないのですが、この記事に関しては、「サンデー毎日」は良い仕事をしたと思いました。


この記事は、「東京から博多に“流された”」という不穏なフレーズを含んだ以下の段落から始まります。九州出身の人以外がこのようなフレーズを使ったのならば、批判が起きるかもしれませんが、調べてみると筆者の毛利甚八さんは、佐世保市出身とのことでした。毛利甚八さんが、その出身地について多くの人に知られているのでしたらば、問題があるフレーズとは受け取られないと思います。

九州北部を豪雨が襲った翌7月5日、福岡市内は一転、晴れ間ものぞく好転。午後5時半、ヤフードーム近くにあるHKT劇場の玄関前は、多くの人でごった返していた。その多くは、東京から博多に“流された”元AKB48のメンバー指原莉乃HKT48初公演を見ようと訪れた客とメディア関係者だ。

記事を最後まで読むと、「東京から博多に“流された”」という不穏に感じられた表現が却ってよかったのではないかと、思うようになってきました。もし、毛利甚八さんがAKB48に詳しくないのならば、AKB48についての報道などにより、そのメンバーであった指原莉乃や、姉妹グループであるHKT48に対して芳しくない先入観を持ち合わせて、この公演の観客となった可能性があります。

もし、芳しくない先入観を持っていたならば、指原莉乃と彼女が加わったHKT48がこの公演に真摯に臨んでいることと知り、公演の質が思っていたよりもかなり高いことを感じ、先入観は公演が進むにつれて徐々に消えて行ったように思われます。さらに、公演後に行われた指原莉乃のインタビュー会見においては、想像していたのとはレベルが違うプロ意識と、報道陣に対する誠実な対応に接することにより、彼女に対する肯定的な評価が生まれていったのではないかと思います。この心的変化を読者が感じるためには、不穏な始まり方が妥当だったように感じられます。

一曲ごとにメリハリを利かせた演出がジェットコースターのように時間を走らせる。あどけない少女のたちの歌と踊りをプロの技術が何重にも包んで、飽きさせない。
この日歌われたのはAKB48メドレーを含む17曲。中でも圧巻は、アンコールの「遠くにいても」だった。
<遠く離れていても、空は繋がっている…>
という詞は、東京から博多に移った指原のためにあつらえたような内容だ。
(中略)
歌う素材にすぎない歌詞が、自分の人生と響き合い違う味わいになる瞬間を、彼女は歌いながら発見したのだろう――― 今、君が味わっているのは大昔からら日本に伝わる「貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)」という物語の味なんだよ――――
父親世代の筆者も、思わずジーンときた。芸術の入口をのぞいた「さしこ」のはるか未来には、…(後略)


この記事を読んだ後に考えたことの一つには、実際に現場に行って報道することの重要さがありあます。もちろん、報道するために現場に行くことが必要ないと思われる件に関してメディアが殺到することにより、近隣の人が迷惑を被ることはあります。しかし、指原莉乃HKT48デビューの件は違います。

今回、福岡市にあるHKT48劇場に足を運んだ80人の報道陣の中には、公演を実際に見ることにより、指原莉乃HKT48に対する認識を新たにした人が少なくないと推測します。また、AKB48グループの彼女のHKT48への加入に対する期待と、力の入れ方を感じ、左遷だという認識が誤りだと感じた人もいたのではないかと思います。

現場に足を運ぶというインターネット時代としては古典的と見なされかねない取材方法には、コストがかかります。このために、ネットを通じて得られる情報などを主な情報源として記事を書くメディアも現れています。ネットで得られる情報でも、客観的な事実やデータであるならば、それを基に記事を書くことはコスト削減になって有効だと思います。しかし、人々の意見など、主観的なものが含まれる事項については、見誤る可能性が大きいです。特に、2chや、Yahoo!Newのコメントスペースへの批判的な書き込みには、日頃の鬱積を晴らすために行われたものがかなりの割合で含まれているので、実際の人々の意見と一致している見なすのは危険です。

したがって、ネットで得られる主観的な情報を根拠にした記事を読む際には、注意が必要です。この件に関しては、週刊文春の記事を発端して指原莉乃に対して批判的な記事を書いているメディアには、ネットによる情報収集を主な情報入手方法として記事を書いているメディアの割合が多いことを、記すだけに留めておきます。

*1:漫画喫茶で読んでも良かったのですが、行っている暇がなかったのです。