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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

須賀利巡航船(三重県尾鷲市)が9月末で廃止になったことを知りました。

尾鷲市三重県)の尾鷲港と、尾鷲市の飛び地である須賀利地区を結んでいた巡航船が、9月29日に廃止されたことを知りました。私は、この巡航船に乗りに行ったことがあるので、記事に取り上げることにします。

島勝半島の先端にある須賀利地区は、島勝半島の付け根との間に、30年前までは車が通れる道がなかったとのことです。このため、外部との交流は主に、巡航船を介して尾鷲市と行われてきたようです。その巡航船が、先月末に97年の歴史を閉じました。

「さらば須賀利巡航船 97年余りの歴史に幕」
   中日新聞(2012年9月30日)
尾鷲市尾鷲港と同市須賀利町の須賀利港を結ぶ巡航船「須賀利巡航船」が二十九日、最後の運航となり、九十七年余りの歴史に幕を閉じた。地元住民や観光客らが乗船し、廃止を惜しんだ。

 同市須賀利町は市中心部とは陸で接しておらず、車では紀北町を経由して三十分以上要する「飛び地」。巡航船は一九一五(大正四)年、民間業者によって就航。現在は市と須賀利町による第三セクター「須賀利巡航」が、尾鷲港−須賀利港間七・五キロを二十五分で一日四便運航している。

 近年は地域の過疎高齢化とともに利用者が減少し、昨年度の利用者数は三千八百六十四人と、十年前の四分の一だった。十月からは代替交通機関として市のコミュニティバス運行が決定している。
(中略)

http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20120930/CK2012093002000005.html

中日新聞の記事では、廃止の理由を「地域の過疎高齢化とともに利用者が減少」とだけ記載しています。しかし、須賀利に隣接し、島勝半島の付け根ある紀北町海山区との車による繋がりが増えたことも、要因となったと思われます。例えば、須賀利にあった小中学校が廃校になってからは、小中学生は紀北町海山区の学校に通っていたようです。

記事に記載されている代替交通機関も、紀北町海山区にある「島勝」というバス停と須賀利を結ぶコミュニティバスです。須賀利に近い「島勝」と、尾鷲市の中心部とは、紀北町海山区の中心地にある相賀駅周辺を介してコミュニティバスで結ばれています。この路線と、新設される路線とは接続がとられることになりますので、須賀利は尾鷲市の中心部と、2つ路線を介して結ばれることになります。

尾鷲市の中心部との新しい経路は、巡航船を使った経路よりも時間がかかるようです。しかし、巡航船に代わるコミュニティバスの運行はマイナスばかりではないと思います。今までは、尾鷲港とは巡航船により25分で結ばれていました。しかし、尾鷲港と尾鷲駅とは1キロ以上ありました。したがって、乗り継ぎがあるとはいえ、それほど歩くことなく尾鷲市の中心部へ行けることはかえって良いことかもしれません。また、今まで尾鷲市の中心部で行ってきた用事の一部は、相賀駅周辺で済ませすことができるかもしれません。

尾鷲市須賀利町と市中心部を結ぶ須賀利巡航船の運航最終日となった二十九日、記者も尾鷲港から巡航船「すがり丸」に乗船した。須賀利まで片道二十五分の航路を往復し、船との別れを惜しんだ。

この便に乗り込んだ乗客は十四人でほとんどが年配の観光客。台風が接近しているためか最終日にしては思ったより少ない。夫婦で乗船した津市新町の川合富子さん(73)は「新聞で廃止になると知ってぜひ一度乗っておこうと来ました。最後なのにちょっと曇っているのが残念ですね」。

 乗客の多くはデッキに出て、記念撮影を楽しんでいた。尾鷲港を出て七分後、かつて巡航船が寄港していた紀北町引本浦の街が左手に見えてきた。「あそこが須賀利ですか?」と尋ねる乗客も。波が二メートル弱あり、普段より揺れは強い。小雨も降ってきたが、「このぐらいの波と雨なら、最終便まで持つわい」と船長の玉置さん。かつてカツオ漁船でもまれた船長の言葉は心強い。

 船は方向を左に変え、リアス式の入り江に入っていく。両側の養殖いかだを眺めていると、間もなく、山の斜面に黒瓦の民家がひしめくように並ぶ須賀利の集落が見えてきた。港に着くと子どもたちが岸壁で釣りを楽しんでいる。普段と変わらない週末の景色だ。

 船は五分ほど須賀利港に停泊。十人の乗客を乗せ、午後一時に再び尾鷲港に向けて出航した。岐阜県可児市から来た会社員の女性(27)は、午前の便で須賀利の集落を訪れ、集落を散策したという。「熊野古道を歩くついでに、廃止と聞いたので乗りに来ました。須賀利はきれいな集落ですね」
(後略)

http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20120930/CK2012093002000005.html

中日新聞の記者が乗船した運行最終日の便においては、乗客のほとんどは、年配の観光客であったそうです。私が去年の5月に乗った際にも、地元の方はあまりいらしゃらなかったという記憶があります。寂しいことですが、現在の紀北町海山区に該当する地域と、車による往来ができないことにより必要とされた巡航船が、車による往来が可能になったことにより、存在意義を失った…、単にそれだけのことかもしれません。しかし、「岐阜県可児市から来た会社員の女性(27)」の言葉にあるように、須賀利がきれいな(というか美しい)集落であることは、巡航船がなくなっても、変わることはないと思います。

――以上――