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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「鳥肌が立つ」の誤用について。それがマイナスイオンの誤用に似ていること。

言葉の誤用に関して、役不足については容認できることついて、以下の記事を書きました。

しかし、言葉の誤用が容認できないものも、私にはあります。それは、「鳥肌が立つ」という表現です。

「鳥肌が立つ」という表現は、今までは、恐怖でゾーッとした時などに起きる現象に使われてきました。しかしながら、最近は著しく感動した時にも、「鳥肌が立つ」という表現を使う人がいます。この使い方を、私は容認できません。

何故、容認出来ないかというと、恐怖でゾーッとした時に起きることは、心と身体が収縮した時に起こるものであるのに対して、著しく感動した時に起きることは、心と身体が開放された時に起きるものだと認識しているからです。他の人はどうかはわかりませんが、少なくても私の場合はそうなのです。

感動した時に起きることは、宗教画において、キリストや聖人の頭頂部が光っていることに該当することが多いと、私は思っています。キリスト/聖人は、常にこのようになっているようですが、もし、凡人がそうであれば、日常生活に支障が起きると思います。したがって、凡人には、感動した時だけに起きるのだと思います。

キリスト/聖人に起きているあの現象は、神秘学的な言葉を使うのならば、頭頂部にあるとされているクラウンチャクラが開かれて、天の波動を受けている状態だと推測します。私はキリスト教関係でないので、いい加減なことは言えませんので、これ以上の記載はしません。

ともあれ、言いたいことは、恐怖でゾーッとする時と、著しく感動した時は、表面的に現れる現象は似ているかもしれないですが、全く別物だと私は認識してるということです。そうかもしれないと思った方は、今度感動した時に、自分に起きている現象を観察してみたら如何かとおもいます。


さて、私が違っていると認識している2つの現象を同じに見なす人がいることは、例えば、自然において心地よいことを感じた時に、どんな場合でも、マイナスイオンがウンタラと表現する人がいるのと同じだと思います。滝の傍にいる時と、森林浴をする時とは、感じるものは違うはずです。しかし、観察力or語彙力の関係で、マイナスイオンがウンタラと表現するのだと私は思っています。それならば、単に心地良いとか表現すればいいと思うのですが、マイナスイオンを持ち出す人が多いことは不思議です。


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