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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

紀ノ川沿いの粉河(和歌山県紀の川市)に行ってみたこと

紀の川は、奈良県から和歌山県に流れる大きな川です。

紀の川でも、奈良県内の部分は、吉野川と呼ばれることもあるので、狭義の「紀の川」は、和歌山県を流れる部分なのだと思います。以降、この意味における「紀の川」を使うことにします。


紀の川が流れる自治体は、橋本市かつらぎ町紀の川市岩出市和歌山市です。この内、私が全く足を踏み入れていない自治体は、真ん中の3つの自治体でした*1

紀の川市かつらぎ町は、平成の大合併の結果、大きな領域を占めるようになりました。紀の川市については、「市」になったのは、この合併(2005年)の結果です。「紀の川」という自治体名は、その際に作られたものです。岩出市前進である岩出町は、関西国際空港ができたことにより人口が増えました。結果として、那珂郡の他の自治体とは合併しないことを選択して、単独で市制を施行したようです(2006年)。


この地域(かつらぎ町紀の川市岩出市)を実感するために行くことにした観光地は、粉河寺(紀の川市、旧・粉河町)でした。粉河町は、この地域において、初めて町制施行(1894年)した自治体でしたから、昔から栄えていたのだと推測します。

粉河寺の他には、根来寺岩出市)も候補に考えました。しかし、紀ノ川沿いを走る和歌山線における最寄り駅・岩出駅から歩いていけないので、断念しました。なお、粉河寺は、最寄り駅である粉河駅から徒歩10分で行けます。

粉河寺は、西国三十三所第三番札所であり、由緒のある大きな寺です。寺自体の説明は、私は詳しくないので、ここではしません。公式サイトへのリンクを張ることだけにとどめます。


私は、旅行の際に様々な寺を訪ねています。今までの経験では、寺のそばには門前町があり、近くに駅がある場合には、寺と駅の間には歴史を感じさせる建物があるということが、ほとんどでした。でも、粉河寺の場合はかなり違いました。

粉河寺のごく周辺は、それなりの雰囲気であり、寺への参拝者が泊まるような旅館もありました。しかし、寺から少し離れると、雰囲気が変わります。道沿いには、20年くらい前における今風のビルが沢山建っていました。そして、病院が何つもありました。

10月とはいえ、私がぐったりとするほど日差しが強いお昼過ぎだったので、人通りが少なかったです。また、多くの街と同様に、全ての建物が使われている訳ではないようでした。とは言え、私には予想外のビルの並びでした。


家に戻ってから調べてみると、粉河は、桃谷順天館やゼネル薬品工業の発祥地であることが分かりました。粉河寺の門前町ということ以外にも、発展する要素があったということです。それから、粉河駅と熊取駅南海電鉄)との間には、1時間に1本ほどのバスの便(和歌山バス那賀)がありますので、現在も地域の中心の一つなのだと思います。

ちなみに私は、このバスに乗って熊取駅大阪府熊取町)から粉河駅に来ました。熊取町では、溜池を整備した長池オアシスを訪ねました。大阪府西南部の溜池と“だんじり”を観たことについては、以下の記事に書いています。


紀の川市については、他の場所も訪ねていたことを、家に帰ってから気がつきました。具体的には、旧・貴志川町に該当する貴志駅和歌山電鐵貴志川線)です。といっても、目的は、猫駅長で有名な貴志川線和歌山駅貴志駅)に乗ることでした。貴志駅に滞在したのは、帰りの便が出発するまでの10分だけでしたが、ニタマ駅長が登場してカメラが集まることに遭遇しました。殺到する人達に阻まれて、電車に乗り遅れそうになったのですが、運転手さんが配慮をしてくれたようです。


貴志川駅周辺からは、喜志川が紀ノ川に向かって流れています。そして、注ぎ口のそばには岩出駅があります。また、喜志川駅と岩出駅の間には、紀の川コミュニティバスの便もあります。旧・喜志川町と岩出市は、交流が深いのではないかと推測します。


−−以上−−

*1:橋本市については、乗り換えの際に、数分だけ駅前を歩いただけです。