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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「カーネーション」と「あまちゃん」の対比(朝ドラ「あまちゃん」が成功した要因)

先週の日曜日に岸和田(大阪府)に行きました。主な目的の一つは朝ドラ「カーネーション」関係の場所を観ることでしたが、ドラマでも出てきた“だんじり”を偶然に観ました。

岸和田の“だんじり”でマスコミで報道されるのは、岸和田駅南海電鉄)の周辺で行なわれる「岸和田九月祭礼」のようです。これに対して、この日に行なわれたのは、「岸和田十月祭礼」でした。これは、JRの3つの駅周辺で行なわれました。

カーネーション」の舞台は岸和田駅周辺ですから、扱われたのは「岸和田九月祭礼」の方です。疾走する“だんじり”の上に乗っている人を見ると、ヒロイン・糸子(尾野真千子)が憧れた気持ちがよく分かりました。


さて、好評であった朝ドラ「あまちゃん」が9月で終わりましたので、この2つのドラマを対比しながら記していくことにします。

まず、誰でも知っているような朝ドラの基本的な知識を書きますと…、年2本放送される内の、春から放送される朝ドラは、NHK東京放送局(AK)が制作します。そして、秋から放送される朝ドラは、NHK放送局(BK)が制作します。朝ドラフリークは、前者をAK朝ドラ、後者をBK朝ドラと呼んでいるようです。ドラマの内容と、視聴率において、それぞれの特徴があります。

まず、視聴率について簡単に説明すると、朝ドラ全体としては、関東が関西よりも高い傾向があります。20本の朝ドラの平均は、視聴率(関東)が17.43%、視聴率(関西)が15.97%です。以下の散布図は、過去10年に放送された20本のドラマについて、視聴率(期間平均)を2次元[視聴率(関東)、視聴率(関西)]にプロットしたものです。

図には、視聴率のプロトタイプを示す直線を書きました。この直線に対する相対的な位置を見ると、「あまちゃん」は視聴率(関東)がより高い傾向があり、「カーネーション」は、視聴率(関西)が通常より高い傾向があることが分かります。つまり、「あまちゃん」の視聴率は、「純情きらり」や「どんと晴れ」と同じようにAK朝ドラ的であり、「カーネーション」の視聴率は、「てるてる家族」と同じようにBKドラ的です。


このように2つの朝ドラの視聴率は、それぞれ、AK朝ドラ的とBK朝ドラ的です。しかし、ドラマのテイストは、典型的なものではありません。

典型的なAK朝ドラのヒロインは、スーパーヒロインです。そして、主人公の目指す道が何故かサクサクと開けていきます。その典型である「どんと晴れ」は、ウルトラ美人(比嘉愛未)がヒロインであり、座敷わらしに似ていることで未来が開けていきます。また、「純情きらり」もその傾向がありました。そして、ドラマにはコミカルな要素があまりありません。「どんと晴れ」は笑いを取ろうとしたようですが、かなり滑っていたような記憶があります。

これに対して、「あまちゃん」のヒロインである天野アキ(能年玲奈)は、あまりパッとしない女子高生として登場します。そして、ドラマにはコミカルな要素が満載でした。

BK朝ドラで私の印象に残っている「てるてる家族」や「ちりとてちん」は、コミカルに描かれていました。そして、ヒロインは、スーパーヒロインではありません。「てるてる家族」のヒロイン・冬子は、落ちこぼれでした。そして、「ちりとてちん」のヒロイン・和田喜代美 (貫地谷しほり)は、自分に自信が持てずに、B子としての人生を歩み始めます。

これに対して、「カーネーション」のヒロインである糸子はスーパーヒロインであり、ドラマのテイストはそれほどはコミカルではありません。


以下、「あまちゃん」が成功した理由について私見を述べます。「カーネーション」についての記載はありませんので、ご了解下さい。
あまちゃん」が成功した要因としては、脚本家、舞台、放送時期の選択が良かったことがあると思います。

まず、脚本家の選択についてです。「あまちゃん」を企画する際の方針を推測すると、以下の2つだったと思います。

  1. 東日本大震災による津波の被害を、リアルには描かない。
  2. 東日本大震災被災地の人々を活き活きと描くことにより、多くの人に希望を与える。

脚本家によっては、ドラマを通じて伝えたいことよりも、リアルに描く意欲が強い人がいます。その種の脚本家は、被害にあった人や難病の人を描くことが多いです。今回のドラマのモデルが被災地であることを知って感じた懸念は、そのような脚本家によるドラマのようになることでした。その種のドラマの需要はあることは分かります。でも、「甘辛しゃん」における「阪神・淡路大震災」の描写はキツかったです。

東日本大震災の直後には、津波の被害を被る際の映像が、テレビで繰り返し流さました。結果として、心理的に影響を受けた人がかなりいました。このように、東日本大震災の疑似体験は多くの人がしていますので、被害についてリアルに描くことは、今回は避けたかったと推測します。したがって、「描きたい意欲が強い脚本家」は、選択肢になかったと思います。

結果的に選ばれた脚本家は、宮藤官九郎でした。彼は、少なくても、「描きたい意欲が強い脚本家は」ではありません。また、彼のドラマのテイストはコミカルですから、上手く行けば、「東日本大震災被災地の人々を活き活きと描くことにより、多くの人により希望を与える」ことが可能になると判断されたのだと推測します。それから、彼が宮城県の出身であることも、決め手になったと思います。


さて、宮藤官九郎が脚本を書くとすると、ロケ地の選択が難しくなります。津波被災地でも自治体によって、被害の状況と復興の度合いが違うようです。今も厳しい状況である自治体を、彼のドラマで描くことば難しいです。どんなにクドカン的な要素を減らして、NHK仕様のドラマにしても、限界があります。もし、OKとなるレベルのドラマになるとしたらば、その場合は、他の脚本家を起用した方が妥当であるような作品になっていると思います。

被災地でも、小さな自治体であり、漁業で生計を立てている人の割合が多い場合は、復興はなかなか進んでいないようです。これに対して、大きな自治体あり、漁業を生業としている人の割合が少なく、津波で被害にあった地域が町の中心部から離れている場合は、復興の度合いは早いようです。北三陸市のモデルに成った久慈市(岩手県)は、後者に該当します。

久慈市の海岸は、街の中心から3キロほど離れています。また、自治体の中心となる昭和の大合併以前の久慈町に該当する地域は、ほとんど海に接していません。そして、被害を被った海女さん達の本拠地・小袖海岸海女センターは、旧・宇部村に該当する地域だと思います。
東日本大震災の前に訪れた時の印象では、久慈市の主な産業は海に関連するものではありませんでした。どちらかと、内陸部における産業が主であり、全面に出されてたものは琥珀だったという記憶があります。


最後に、第3の要素である、放送の時期の選択について説明します。津波の被害にあってから間もない時期に、宮藤官九郎による朝ドラが作られたのならば、モデルが久慈市であっても、不謹慎だと非難されたと思います。例えば、このドラマを去年の朝ドラとして放送することは、難しかったと思います。

このことは、東日本大震災があった年の夏に、多くの花火大会が自粛され、旅行を自粛した人がかなりいたことを思い出せば、分かりやすいと思います。自粛を行った気持ちはともあれ、結果として、観光産業に大きなマイナスを与えました。

また、東日本大震災被災地にマイナスになる情報が喜ばれない時期が長く続きました。このことは、現在においても、被災地を描いた「あまちゃん」に対してプラスになる記事や意見が好まれることからも、推測が容易だと思います。


津波被災地の人達を活き活きと描く際には、津波の被害を被る前の状況について、現実に基いて描く必要があります。しかしながら、津波被災地にマイナスになることには、津波の被害を被るまえの状況についての情報も含まれたようです。

実は、この地域の経済は、あまり上手く行っていませんでした。そして、沿岸を走る鉄道の利用者は、少なかったです。

代表的な景勝地である北山崎の遊覧船の乗り場は、船越駅(三陸鉄道北リアス線)に近かったです。しかしながら、岩手県の内陸部の人が観光する場合でも、鉄道を使うことは稀だったようです。また、通勤の際にも多くの人は車を使っていました。それから、鉄道を介した沿岸の自治体の間の交流はそれほどなかったようです。県庁所在地である盛岡市とのつながりの方が、強くなる傾向があったようです。

震災の直後には、被災をした鉄道を完璧に元通りに復旧されるように、自治体は主張していました。でも、それを主張する人の念頭にあったのは、震災の直前の姿ではなく、例えば、15年前にあったような姿であったと推測します。したがって、震災前の状況について記載することは、マイナスになると見なされたような印象がありました。


しかしながら、「あまちゃん」ではいきなり、現実が鉄拳のパラパラ漫画を使って説明されます。説明されたことは、東京から北三陸市(久慈市)に来るときには、沿岸の鉄道はあまり使わず、殆どの場合は、新幹線とバスが使われることです。私は、沿岸の自治体からクレームがくるのではないかと懸念したのですが、そうはなりませんでした。でも、去年(2012年)の朝ドラならばクレームが来た可能性があると思います。

ドラマでは、北三陸駅の駅長である大吉(杉本哲太)が主な登場人物になっています。彼は、モータリゼーションを敵視して、北三陸鉄道を盛り上げようと務めます。彼のような「東日本大震災被災地の人々を活き活きと描くことにより、多くの人により希望を与える」ことができたのも、ドラマの放送時期が妥当だったからだと思います。


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