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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

喜界島(鹿児島県喜界町)に行ってきました。

鹿児島県の南西諸島にある喜界島(喜界町)に行ってきました。


喜界島は、奄美大島の東方25キロにある小さな島です(周囲48km)。南西諸島の多くの島が火山島(例:奄美大島)であるのに対して、喜界島は隆起珊瑚礁の島です。このため、最高地点でも高くありません(七島鼻:211m)。

喜界島には高いところがないために、奄美大島と違って、ハブがいないようです。バブががいた時期もあったのでしょうが、海面が高くなった時代に死滅したということだと思います。ちなみに、奄美大島の最高標高は694mであり、喜界島よりもかなり大きい(周囲:461.1 km)です。

喜界島の良い所は、島の日常生活を垣間見れることです。このことに関しては、あとで記載します。


喜界島については、前から興味がありましたが、交通費がかかるので今までは行くことを諦めていました。しかし、今年の7月からは、バニラエア(LLC)が成田空港から奄美空港へ運行するようになったので、今までに較べると交通費がかなり安くなりました。

今までは、東京から喜界島へ飛行機で行く場合、鹿児島空港、または、奄美空港において、JALからJACに乗り換えることになりました。羽田空港から奄美空港行きの航空券は割高感があります。どうしても、那覇空港(沖縄)への航空券と較べてしまうからです。

沖縄は、奄美大島に較べると、東京からは遠いのですが、割引後の航空券の価格は安いです。これは、沖縄への方が便数が多いために、高い割引率が適用されるからです。


私が喜界島に行った2014年9月においては、バニラエアでは、往路における同日乗換ができませんでした(10月以降は可能のようです。)。このことを、初めはマイナスに感じました。しかし、考えてみると、喜界島に一泊だけして戻るのは味気ないです。また、喜界島のことはあまり知らないので、2泊に伸ばすと、間延びしてしまう可能性がありました。

そこで、今回は、1日目に名瀬市に泊まることを上手く活かすことにしました。具体的には、2日目の午前は奄美大島の観光して、午後に喜界島に移動することにしました。なお、2日目は喜界島に泊まりました。


奄美大島と喜界島はかなり違います。奄美大島の中心である名瀬市街は都会です。例えば、ファミレスや、24時間営業のコンビニがあります。バスで1時間の距離である空港との間の道沿いには、大きなスーパーを見かけます。

観光客に人気があるマングローブの森や、金作原の原生林は、名瀬市の中心部から離れています。このため、賑やかな名瀬の中心部とは別物です。

奄美空港は、島の北端に近く、中心部の生活とは隔絶しています。この場所は地域振興のために選ばれたのかもしれません。空港に飲食店はありますが、ジョイフルというファミレスです。なお、以前は、「奄美食堂パーム」という店だったようです。

ジョイフルというファミレスを私は初めて知ったのですが、調べてみると、九州にはたくさんあるようです。当然、奄美大島のローカル色は薄いです。実は、今回の旅で一番困ったことは、奄美空港における時間の潰し方でした。バニラエアとJACとの乗換は、JACJALの乗換に較べて、待ち時間が長いのです。


これに対して、喜界空港は、喜界島の中心部に近いです。喜界島では、港よりも空港の方が日常空間に近い感じがします。

このことには、奄美大島との船便の使い勝手が悪いことが、関係していると思います。喜界島は奄美大島の東方25キロにあるのですが、名瀬港は西側にあります。このためか、奄美大島と喜界島を往復する路線はありません。喜界島には、鹿児島行きの船が途中に泊まるだけです。この航路においては、喜界島の人の利便性の優先順位は、極めて高くはありません。このため、寄港する時間帯は便利ではありません。

喜界空港にある売店を兼ねた喫茶店では、女子高生がだべっていました。店の売りは、パッションフルーツのソースがかかったアイスクリームのようでした。この島らしい雰囲気があり、とても美味しかったです。

サトウキビのジュースを頼むと、その場で絞ってくれると聞き、頼んでみました。観光客としては、絞るところを見せてくれたほうが嬉しかったのですが、島民としては何も珍しくないためか、裏のほうで絞ってきたようでした。なお、味は、サトウキビらしい匂いがして、風情がありました。もちろん、味はおいしかったです。

この店では、レンタサイクルを行っています。これを利用すると、喜界島の中心部(湾、中里)をざっと観ることができます。もう少し時間があれば、さとうきび畑があるところまで辿り着けるはずです。


今回の旅では、2日目の午後はタクシーで観光しました。これは島の概要を知るためです。3日目の午前は、阿伝集落(石垣で有名)をガイドさんに案内してもらいました。そして、3日目の午後は、レンタサイクルで空港の周辺を回りました。


実は、2日目の午後は、当初はレンターカーを借りて、自分で観光することも考えていました。しかし、乗る予定だった飛行機が欠航になっために難しくなりました。次の便に乗って喜界島に着いた時は、日没の2時間前になったからです。2時間で、勝手が分からない島を観光することは不可能に近いですし、危険です。

喜界島では、タクシーの運転手さんはガイドも兼ねることが通例のようです。私が認識していない観光スポットにも寄ってくれたので、大成功でした。運転手さんは、島の良い所を観て欲しいという気持ちが強い人のようであり、メーターの料金よりは少しサービスをしてくださったようです。

島の北側の観光(小野津、志戸桶)をしてから行った百之台の展望台(標高203m)からは、島の東側の景色を一望できました。島の北端から、少し南側にある阿伝集落までを観ることができました。この後、島の両側を観ることができる展望台にも行ったのですが、残念ながら名前は覚えていません(七島鼻 or 中西公園)。

滞在中には、島で有名なガジュマルを幾つか観ました。タクシーで行ったのは、手久津久集落と荒木集落(旧・荒木小学校)のものです。翌日には、ある人のご好意により、夫婦ガジュマル(蒲生/花良治集落)を観ることをできました。


3日目の午前は、ガイドの方に阿伝集落を案内していただきました。なお、阿伝集落まではバスで行くことができます。

喜界町には、観光客に集落を案内するボランティアガイドの組織があります。私は、喜界町観光物産協会を通じて、ガイドをお願いしました。なお、料金は現時点では500円(約1時間)のようです。

ガイドさんからは、ネットでは得ることができないことを色々と教えてもらいました。

阿伝では東側が海に面しており、南北に隣の家があります。そして、各々の家は石垣に囲まれており、両家の石垣の間は道になっています。しかし、阿伝では家の入口は南側にあります。このため、道は、その南側の家には使われることがありません。

道は、以前は馬が通るのが十分なほどの幅だったようです。でも、車社会になり、道を広げる必要が生じました。このため、ほとんどの石垣は積み直されたということです。もちろん、積み上げる素材は以前のものを使っています。

集落の山側にはサトウキビ畑が広がっています。現在は地区外にある大きな製糖工場に運ばれていますが、以前は地区内にある製糖小屋が使われたようです。そして、製糖されたものは、馬に載せて、少し北にある早町港まで運ばれたとのことです。


帰りのバスまでには時間があったので、ご好意で、旧・阿伝小学校と末吉神社も案内していただきました。

旧・阿伝小学校そばの海岸には、巨大な石が転がっており、面白い景観でした。私は、津波で運ばれたのではないかと考えたのですが、ガイドさんの考えは、山崩れの結果ではないかということでした。なお、阿伝小学校は、前日にいった荒木小学校などと共に、平成23年に廃校になったとのことです。


末吉神社は、阿伝集落の北にある神社です。鳥居の右側には大きな石があります。

末吉神社が通常と違うことは、鳥居の下のほうが地面に埋まっているいることです。ガイドさんの話によると、彼が島を離れた間にこのようになったということでした。

2007年に書かれた以下の資料には、「こうした信仰の空間がそれでもなお時代の波を受けざるを得なかった例として,阿伝の氏神社である末吉神社をあげることができる.この神社の背後の台地で,サトウキビ畑の整備のための基盤工事がすすみ,その排水路を境内の下を走らせざるを得なくなったという.そのため境内の一部に盛土がなされ,鳥居の場所の地面も盛られ,そのため鳥居の丈が低くなってしまった.これは今から二十年ほどまえのことだという.」と書かれています。

このような盛土を今の時代にするならば、非難されると思います。でも、開発に最大の優先順位があった時代がありました。このことは現在の観点では、かつてはそんな時代があったという、時代のモニュメントとして捉えられると思います。テレビで珍百景として紹介されれば、かえってプラスになるように思います。


3日目の午後は、レンタサイクルで、空港のそばの集落(湾、中里)を回りました。この際には、ガイドさんからもらった 「喜界島 シマあるきマップ  よんよーりシマめぐり」 という冊子が役に立ちました。

具体的に行ったのは、歴史民俗資料館(中央公民館2F)などでした。なお、歴史民俗資料館に至る坂道は自転車で登るのキツくて、一部は自転車を押して登りました。それから、中央公民館の1Fは空き家のようであり、1Fから登れないようになっていました。このため、右隣の建物に行き、見学ができるようにしてもらいました。


今回の旅行は、準備期間が短かったのにもかかわらず、かなり上手く行きました。予定外だったのは、当初は乗る予定であった喜界島への飛行機が欠航したことです。旅行が始まる前は、LLCであるバニラエアが欠航/遅延することを懸念していました。JAC日本航空の傘下)については、欠航するとは、思ってもみませんでした。日本航空は、LLCに較べると、信頼性が高いと見なされているからです。

なお、欠航したことについては、結果的に人柄の良い運転手さんのタクシーに乗って、効果的に観光ができたのですから、幸運だったと思っています。でも、この欠航の件には興味深いことが関係しているので、具体的に記載することにします。


奄美空港から喜界空港へは、毎日3便運航されています。初めに予約した便は第2便でした。しかし、午前中に参加した金作原へのツアーが遅れると、空港へのバスに乗り遅れる可能性がありました。このため、遅れても構わないように、前日の夜に第3便に変更しました。この時点では、第2便は半数くらい空いていたので、時間通りにバスのりばに戻ることができれば、元に戻せるはずでした。しかし、時間通りに戻った時に、JALに連絡して分かったことは、第2便の欠航が決まったことでした。

帰宅してから調べてみると、喜界空港は管制塔がないために、普通の空港よりも欠航になることが頻繁なことが分かりました。でも、この日は天気が悪くなかったので、不思議です。もう一つ不思議だったのは、第3便がそれほど混んでいなかったことです。前日の時点では、第2便はほぼ半数埋っており、第3便は半数以上埋まっていました。第2便に乗るはずであった大部分の人が第3便に変更したのならば、もう少し混んでいたはずなのですけど…。


さて、奄美空港喜界空港の距離は26キロしかありません。時刻表をみると所要時間は20分となっていますが、実際の飛行時間は10分以下でした。飛び立って直ぐに、着陸に向けたアナウンスが型どおりに行われたので、面白かったです。

調べてみると、日本で一番短いフライトは、南大東島北大東島の間のようです(所要時間:15分)。しかし、この2島の間のフライトは特殊なので、本来の意味で最短なのは、奄美空港-喜界空港のなのだろうと思います。

南大東島北大東島のフライトは、北大東島那覇のフライトと、南大東島那覇とのフライトに乗り継ぐのが主な目的のように見えます。少くても、地元の人は、両島間の移動には、廉価である船便を使うとことが多いと推測します。


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