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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

「日本人拘束事件とジャーナリズムに問われたもの」 というシンポジュームの動画を観て考えたことなど

日本人拘束事件とジャーナリズムに問われたもの」というシンポジュームが、都内で開かれました(2015年2月18日)。

以下の記事(THE PAGE)によると、主催は、アジアプレス、JVJA、新聞労連「創」編集部です。2部構成であり、第1部は「戦場取材をめぐる現実」、第2部「戦争とジャーナリズム」でした。

この記事に貼り付けてあった、シンポジュームの動画(2時間40分)を観ました。全体としての主張には同意はしないのですが、情報には有益なものもありましたので、私の解釈や感想などを、記事にすることにしました。


このシンポジュームを十分に理解するためには、以下のことを把握することが有用だと思います。

今回の登壇者は、個人ジャーナリストがほとんどです。彼らには、マスコミを構成する組織ジャーナリストとは違うという認識が強いようです。両者の関係は、個人ジャーナリストの報道の大部分は、マスコミを介して伝えられるというものだと思います。

私の印象では、登壇した個人ジャーナリストは、組織の決定に従わざるを得ない組織ジャーナリストに対して、やや批判気味のように見えました。そして、普段のマスコミは、個人ジャーナリストに対する、極めて大きな関心があるわけではないという印象があります。しかし、個人ジャーナリストが事件に巻き込まれると、同じジャーナリストという意識が働き、その功績をアピールするような報道をするように見えます。


今回の登壇者全体から受けた印象は、自分たちの主張が正しいものだと信じており、仕事に強い誇りを持っているということです。しかし、このことは、他の業種に付いている大部分の人も同様だと思います。したがって、このことだけから、ジャーナリズムが、特別の意義の持っていると考えることは、妥当でないと思います。

正しいという信念と、誇りについて、極端な例を、あえて示します。前者の例は、ISILの幹部です。彼らは、自分たちが正しいと考えていると思います。後者の例は、ドラマの動画を、動画共有サイトに違法にuploadする人達です。彼らの中には、自分たちがやっていることに意義があると考えている人が、かなりいると思います。


登壇者達の主張の一つは、「自国民の安全を守るのは政府の義務」であるというものです。 これは、現在では、一般の人の多数派の意見と異なっているように思います。かつては、一般の人の多数派も、登壇者達と同様な意見だったと思います。しかし、世の中の状況が変わるに従って、変わってきました。

例えば40年前と比べると、海外への渡航者の数は爆発的に増えました。また、渡航する目的地や理由は、多様化しています。海外旅行を例に取ると、以前は、一人の人が生涯でおいて海外旅行をする回数は、少なかったです。そして、団体ツアーに参加する場合がほとんどであり、旅行先も定番の観光地に限られていました。

これに対して、現在は、気軽に海外旅行ができるようになりました。その結果、海外旅行の頻度は増えました。そして、団体ツアーに参加する人の割合は減りました。中には、定番の観光地には飽きたらずに、普通の人が想像もしないところを、目的地にする人も現れています。

海外で被害に会う人も増えてきました。日本人観客は、いい鴨であるという認識が、海外では定着したからです。範囲を観光客以外に広めると、大きな事件に巻きこまれることが増えてきました。誘拐されて身代金を要求されることも、起きています。

日本人の場合は、要求される金額が大きいようです。日本は金持ちの国であり、日本人は金離れが良いと見なされているからです。 後藤さん達がISILの拘束された事件では、2億ドルが要求されました。

このような状況ですから、海外の大使館が渡航者に対応しなくてはならないことが、著しく増えています。結果として、マスコミが行うべきだと見なしていることを、国が誰に対しても行うことは、かなり負担になっていると思います。このことが、自己責任論を唱える人が多数派になった大きな要因になっています。

しかしながら、ジャーナリストたちは現在も同じように考えているようです。そして、渡航者の自己責任があるとする一般の人の多数派の意見に、問題があると見なしているようです。でも、正しいとされることが、時代と共に変わっていくことは、稀ではありません。

後藤さん達の件では、国は身代金を払うことができました。しかし、それはあまりにも膨大な金額でした。それを使えば、例えば、多くの難病の人を救うことができます。これに対して、ISILが受け取れば、その勢力は拡大し、更に多くの被害者が生まれることは確実です。これが、国が身代金を払わなかったことの、大きな要因だと思います。


登壇者達の主張のもう一つの主張は、渡航の自由です。彼らは、 シリア渡航を計画したフリーカメラマン・杉本祐一さんが外務省によりパスポート強制返納を命じられたことを批判しています。なお、杉本祐一さんは、このシンポジュームに登壇して、この件について説明しました。

ある登壇者が示したデータによると、国民の大部分は、この外務省の判断に賛同しているようです。そして、登壇者達は、この現状を、遺憾に思っているようです。

国民の多数派の考えは、分かりやすいです。もし、彼がISILに拘束され、身代金を要求されて、国が払ったならば、国益に反するというものです。この要求に対して、マスコミは、国は払うべきだと主張すると思います。

国民がそのように主張することには、正当性があります。納税者だからです。国民の多数派は、紛争地の取材に大きな意義があるとは見なしていません(関連することを、後述)。このため、彼が取材のために渡航することが、身代金を払うことに繋がるなる可能性があるならば、渡航を許可しない方がよいと判断しています。

しかし、国民は絶対に渡航を止めるべきだと考えているわけではないようです。身代金を彼の関係者、または、ジャーナリストの団体が払うならばOKだとする人は、少なからずいます。

身代金を支払ってくれるような保険は、存在するようです。しかし、登壇者の話から推測すると、1日あたりの支払いが10万円くらいになるので、それを支払える個人ジャーナリストは少ないようです。

10万円が設定されているということは、払える人がいるということです。しかし、日本の個人ジャーナリストには難しいということは、それに見合う報酬が、日本では貰えていないということだと思います。

つまり、仕事の必要経費である保険料が払えないのにも関わらず、仕事のために渡航するということです。そして、不幸なことが起きると、国民が支払うことになります。これが、彼の渡航が問題視されている、根本的な要因だと思います。


マスコミから支払われる報酬では、個人ジャーナリストが保険を払えるないという現状はなぜ生じているのでしょうか? 残念ながら、個人ジャーナリストがもたらす報道に、それだけの需要がないと、マスコミが判断しているのだろうと推測します。

あくまでも、この解釈が正しいとしたらですが…、その判断の要因には、大きなものとして、二つあると思います。一つは、日本のマスコミの報道を受け取る人は、主に、日本人だけであることです。そして、もう一つは、日本人は紛争地の報道に関心が薄いということです。まず、前者から説明します。


登壇者からBBCの名前が出ましたので、例にします。BBCのニュースから情報を得ている人は、世界中にいます。BBCに比べると、日本のマスコミから情報を得る人は少ないです。したがって、日本のマスコミによる個人ジャーナリストへの報酬が、BBCはより少いとしても、非難はできません。

私もBBCの報道を利用しています。海外で起きることに関するニュースの場合は、BBCのニュースサイトを見ることが多いです。その理由は、日本のマスコミについての信頼感が低いことと、BBCのニュースサイトが有用なことです。

日本のマスコミの報道については、報道する題材の報道の選び方と、報道の内容の恣意性が、批判されます。報道記事に対する批判に関しては、登壇者から、元情報が膨大なので、要約する必要があるという説明がありました。その点だけに着目するならば、確かに、その通りだと思います。

今回のシンポジュームの動画を全て観ることは、大変でした。控えめに言っても、5回は寝落ちをしました。大変であるために、私のように全部を観た人は、少数派だと思います。

さて、THE PAGEの記事の素晴らしいことは、動画が張ってあったことです。そして、全て観るかどうかは、読者に委ねられています。このため、THE PAGEの記事に、主観が少し入っていたとしても、問題視されないと思います。読者は、ソースが見ることにより、報道の妥当性をチェックできるからです。そして、妥当だと思えば贔屓のメディアになります。

ところが、古くからの日本のマスコミは、ソース情報があっても、これにリンクを張ることに積極的ではありません。TVや新聞においては、このことはできませんが、ウエブサイトにおいて記事にする場合には可能です。それにもかかわらず行われない理由を考えるならば、特ダネを高評価するあり方が関係しているかもしれません。何故ならば、特ダネではソースが隠されることが、ありがちだからです。

これに対して、BBCのニュースサイトの記事では、ソース情報だけではなく、関連するサイトや情報にも、リンクを張ります。どちらが、信頼性があり、有用だと見なされるかは、明らかです。


本人は紛争地の報道に関心が薄いことについて、説明します。簡単に言うならば、紛争が起きた元々の原因に、日本は関与していないからです。

紛争地は、以下の2つの該当することが多いです。

一つは、欧州の国の植民地であったところです。これらの地域では、国境が現地の人達のあり方に配慮されないで決められたことがほとんだと、認識しています。結果的に、一つの部族が複数国に分かれてしまったこともあるようです。逆に、複数の部族が一つの国にまとまられたことが、火種になっていることがあるようです。

もう一つは、第2次世界対戦の戦勝国によって国境が引かれたところです。イスラエルの建国、クルド人の国がないことなども、関係してます。

このような地域には、日本は関わりがほとんどありません。このため、問題を解決するために大きな寄与をすることは、難しいです。また、一般的な国民も、関わりが少ないです。十分な知識がある人が少ないことは、当然の結果です。

これに対して、BBCの本拠地である英国は、例えば中東には、歴史的に関与してきました。また、日本からよりも近いです。このため、国民は、日本人よりも、この地域への関心は多く、報道への需要も多いと推測します。

ジャーナリストの多くは、日本人も英国の人と同じように、紛争地に対して興味を持つべきだと考えているのだろうと思います。また、英国と同じように、紛争地におけるジャーナリズムが評価されるべきだと考えているのかもしれません。しかし、それを求めることは、上述のことを考えるならば、無為のように思います。また、何でも西洋のあり方が正しいとすることは、間違えです。


ある組織や社会の一員になると、外部とは違うことに価値を持つことになります。でも、多くの組織/社会は、その価値観を外部には求めません。その例外に、ジャーナリストはあるように思います。

マスコミ(組織ジャーナリストの組織)が特別なことは、通常の報道を載せるメディアを使って、その主張などを伝えることです。多くの場合、他に手段がないことは事実です。でも、このことに一般人が違和感を感じることを、彼らは認識していないように見えます。

分かりやすい例を示すならば、紅白歌合戦に関することを、NHKニュースで報道することです。この他、新聞社では、新聞大会で採択された主張、例えば、新聞に軽減税率を採用すべきだということを、新聞記事にすることが該当します。もちろん、業界紙において報道するならば、何も問題はありません。


この記事は、題材にしているシンポジュームの動画を、一度だけ観て書いています。認識間違えがある可能性は、もちろんあります。その場合は、お詫びをします。

また、何度も観れば、それが是正される可能性があります。それにもかかわらず、一度観ただけで記事にした理由は、ジャーナリズムに詳しくない一般の人である私が、シンポジュームを1度だけ観て、どう感じたかを、記録することは意義があると考えたからです。

一般の人でも、人によってモノゴトの見方が違います。そして、私のような考えが、多数派であるに違いないという認識は、ありません。


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