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人によっては「夏かし」と呼ばれているものです。

東京の川を巡るクルーズ(日本橋川、神田川、隅田川)に乗りました。

東京の川を巡るクルーズに乗りました。


船が巡った川は、日本橋川神田川、隅田川です(約90分)。このクルーズでは、約40個の橋を潜りましたので、橋ヲタさんならば、とても興味深かったと思います。

なお、ツアーを運行した会社はクルーズと呼んでいますが、クルーズと聞いて思い浮かべるような、デカイ立派な船ではありません。何故ならば、そのような船でも、隅田川に架かる橋は潜れるのですが、他の川の橋は潜れないからです。適材適所というところです。


さて、川の名前を記しただけでは、イメージが湧かない方が少なくないと思います。そこで、それぞれの川について、簡単に説明することにします。なお、位置関係については、以下のページにある地図をみると、分かりやすいと思います。

隅田川は、東京の東を流れる大きな川であり、河口に近いところでは、南に向かって流れています。右岸には浅草、少し下流の左岸には両国があります。夏には、隅田川花火大会があり、多くの観客で賑わいます。調べたところ、今年は、7月25日(土)に開催されることが分かりました。

神田川は隅田川の右岸に注ぐ川です。合流点の近くには、JR浅草橋駅(総武線)があります。浅草は浅草橋駅の少し北に位置します。ちなみに、隅田川の反対側には、JR両国駅(総武線)があります。

神田川は、JR中央線(飯田橋駅御茶ノ水駅)から見えます。実は、中央線の飯田橋駅より新宿駅側にある市ヶ谷駅から飯田橋の間でも、水辺が見えます。でも、これは外堀に該当するようです。何の水辺かはともかくとして、市ヶ谷駅から御茶ノ水駅までの車窓からは、春には、水辺にある桜が咲いているところが観えます。

神田川には、同名の曲(南こうせつかぐや姫、1973年)という曲があります。しかし、40年以上前の曲ですから、モデルになった場所は、かなり変わっていると思います。

日本橋川は、神田川右岸に分かれる川です。分岐地点は、JR水道橋駅飯田橋駅御茶ノ水駅の間)の辺りです。中間点よりも少し下流には、日本橋があります。そして、その右岸(南詰の東側)に、今回のクルーズの発着所である桟橋があります。なお、日本橋三越は、北詰の近くにあります。

日本橋川では、河口に近いところを除くと、その上に首都高速があります。これは、東京オリンピック(1964年)を目指して建設されたようです。ガイドさんの話によると、通常の方法では建設用地が見つからないために、川の上を通すという、この時点では他国では前例がなかった実現法がとられたようです。


江戸の中心部における主な交通は、水上交通でした。その名残は、東京オリンピックを機に急になくなったようです。昔のことは古臭く、近代的なものが正しいという考えが、世の中を席巻したのだと思います。

その後、川は汚れ、悪臭を放ち始めます。このため、都内の川において船を乗ることは、快適ではなくなったと思います。また、船に乗ることは、効率的ではない、過去の時代のものだという認識も、生まれたのではないかと思います。

最近は、水質浄化のおかげで、川はかなり綺麗になりました。そして、近代化を急ぎすぎた結果である現代の日常には存在しないものを、求めるようにもなってきました。結果的に、私が利用したようなクルーズを提供する会社が、増えているようです。


船は日本橋の袂にある桟橋から、日本橋川を上流に向かい、以降、反時計回りに川を巡りました。つまり、日本橋川神田川、隅田川、日本橋という順です。

船が出発した桟橋は中央区にあります。でも、山手線/中央線の鉄橋を潜ると、千代田区になります。何故、千代田区という名前かというと、皇居があるからだと思います。ということで、川の右手には、お城の石垣が観えてきます。残念ながら皇居までは少し距離があるので、船からは見えません。

日本橋川は、水道橋駅の少し飯田橋駅側で、神田川から分岐しています。船はこの分岐点に到着すると、向きを変えて神田川を下り始めました。この分岐点からも、右岸は千代田区のままですが、左岸は文京区になります。なお、中央線は、川の右岸にあります。

水道橋駅辺りの左岸には、東京ドームがあります。そして、その横には、小石川後楽園(1629年)があります。東京ドーム以前の球場は、後楽園球場と呼ばれていました。この名前は、元々は、この公園から由来していると思います。

小石川後楽園が象徴しているかどうかは分かりませんが、両岸を比べると、文京区側に、より緑があります。ガイドさんの話によると、開発への姿勢が、文京区と千代田区とでは、かなり違うということです。

御茶ノ水駅の辺りの左岸には、順天堂大学と日本医科歯科大学のビルが見えます。ガイドさんは、この場所に医学系の大学がある歴史的所以を説明してくれたのですが、忘れてしまいました。

御茶ノ水駅を過ぎると、左岸も千代田区になります。中央線は万世橋を過ぎると南に向きを変えて、川から離れます。「肉の万世」の本社ビルも見えたはずだと思います。その後の中央線は、この辺では南北方向に走る山手線と合流して東京駅に向かいます。

御茶ノ水駅からは、千葉に向かう総武線が始まります。でも、御茶ノ水駅が始発駅ではなりません。千葉の反対側では、中央線の各駅停車となっているからです。

川の左岸に移動した総武線は、秋葉原駅で山手線と十字型に接続した後は、浅草橋駅(隅田川の右岸)、両国駅(隅田川の左岸)に停まります。この区間では、川とは少し離れています。

ガイドさんの話によると、御茶ノ水駅の上に架かる聖橋と、万世橋の間は、鉄道ヲタさんには興味深いということです。この辺では、JR線だけではなく、地下鉄も神田川を渡っているからです。

浅草橋駅の直前にある左衛門橋よりも河口側では、右岸中央区、左岸は台東区です。台東区は、浅草がある区ですので(?)。川の左岸には、それらしい雰囲気があります。

左衛門橋と、河口に一番近い柳橋との間には、多くの船宿があります。特に、真ん中にある浅草橋と柳橋の間には、多いです。船宿から停泊している船に乗り込み、隅田川の川遊びのに出かけるのです。

船は、柳橋の近くで、少し停まりました。その間には、柳橋の歴史などの説明が、ある船宿のご主人によって行われました。船宿は冬になると、暇になるそうです。このため、(おそらく江戸時代から、)佃煮を作ることなったそうです。もちろん、船内では佃煮の即売もありました。


再び動き始めた船は、隅田川を、日本橋川の河口まで下り始めます。実は、この区間の川沿いにある遊歩道(右岸側)を、最近、2/3くらい歩いたことがあります。具体的には、浜町公園から日本橋川の河口までの区間です。

浜町公園に近づくと、明治座が入っているビル(18階)が見えました。明治座では最近、「HKT48指原莉乃座長公演」を観ました。明治座はビルの下の方の階にあるので、この時には、高いビルだとは分かりませんでした。しかし、船から観ることによって、高いビルだということを実感しました。


最後に船は、日本橋川日本橋まで上りました。特に、一番河口に近い豊海橋から、二番目に近い湊橋までの景観は、私にとって興味深かったです。実は、以前来た時に、この間の左岸を歩いています。でも、この際には、川沿いの建物のために、2つの橋の間の景観は観えませんでした。

首都高の下になる辺りの右岸からは、亀島川が分岐しています。そして、この右岸にあるのが、時代劇で聞くことがある八丁堀という地域です。江戸時代には、ここに、奉行所に務める与力や同心の宿舎があったそうです。

ドラマ「遠山の金さん」の北町奉行所は、東京駅八重洲口周辺、ドラマ「大岡越前」の南町奉行所有楽町マリオン辺りだそうです。距離を測ってみると(Yahoo!地図)、八丁堀駅(日比谷線[東京メトロ])から八重洲口までは1.29キロ、有楽町マリオンまでは1.74キロありました。

現代人としては、歩くには少し遠い距離です。でも、歩くしかなかった当時の人にとっては、問題のない距離だったと思います。


ーー以上ーー